昨日たまたま会員にあったときに感じたこと
生活していると、たまたま会員にあうことがある。
そうだな、やめてから、3−4回はあったかな。
約束しているわけではないけど、たまたまね。
あ、そういえば、2日前にも駅で会員をみかけた。
こっちから声はかけなかったから、相手は気付いていなかったと思うけど。
そんな感じで、これからも生活しているとあうだろう。
そこでしゃべることはないけどね。
昨日、会った人は、そこまで仲良くはないけど、
何度かしゃべったことがある人。
僕よりも年上の人。
彼は、自分の意志でしっかりと人生を選択しているタイプ。
親鸞会の影響は受けているけど、そこまでふかく傷ついていないほうだと思う。
僕には色を感じる感覚をもっていて、この人は何色って感じとれるんだよね。
今はオーラがみえるわけじゃないけど、〇〇色だなって、すべての人に対して思うわけじゃないけど、思う。
子供の頃は、オーラがみえていて、自分の周りの人たちは、この人は〇〇色みたいな感じで思っていた。
とんでいく鳥は〇〇色みないな感じだった。
話をもどして、親鸞会員にあったときに、
いつも共通して感じるのは、灰色って感じなんだよな。
その方はそれほど灰色感はなかったけど、やっぱり薄くあったな。
なんで灰色になるのかっていうと、
みんな自分の波長ってあると思う、
それが色として表現される。
カラフルないろとして。
その波長をおさえている、自分の個性を否定されてきている、
おさえこんできている、
だから、個性がなくなっちゃうんだよね
それで、灰色の雰囲気になるんだと思う。
あと、僕は会員をやめたから、どんなふうに思われているだろう
って怖かった。
会員をやめた人って見下されているのかなって思ったよ。
怖かったな。
その方は、いいかたではあるので、
そこまで思わないだろうけど。
この怖さを減らしたい。
いつも、誰とあっても、
何を発言しても
堂々としている自分でいたい。